気づく

年末の楽しみと言えば、やっぱりクリスマスでしょうか。「スーパーマリオブラザーズを下さい」と書いた手紙を、大きめの靴下に入れたのは小学校二年生のイブの夜でした。   朝起きたら、枕元には「四人打ち麻雀」というファミコンソフトが置いてあって、サンタクロースなんてこの世にはいない、とクリスマスの朝に気づいてしまいました。   この曲のチバユウスケも、きっと僕と同じような経験をしたんだと思います。   https://youtu.be/3DxKp-hfly0?si=UH9bF6133j9V07BR     大人になった僕にとって、年末の一番の楽しみはМ―1です。今年はくらげが決勝に出るそうで、とっても楽しみにしています。   たくろうという人たちも好きなのですが、準々決勝で敗退してしまったみたいです。決勝に行ったらブレイクすると思うんだけどなー。   https://youtu.be/W0-TpYzRKmk?si=26pilO1_S6BAPCJ8   一年間、あっという間だなー。三瓶でした。

塗る男

イラストレーターの伊丹さんに、新しくチラシを作ってもらいました。相変わらず素晴らしい出来です。     ローラーを持っている男はなかなかのイケメンだな・・と思った方。とてもお目が高いです。明日もきっと、塗りたての外壁のような輝かしい一日になると思います。   他の人を載せた方がよかったんじゃないの?と思った方。あなたは今、とても疲れています。明日は一日、ゆっくりと休んでください。   そんなわけで!   船橋市内の塗替え工事は、株式会社みかめ塗装店へぜひぜひご依頼ください!ペンキにシンナーと真心を混ぜてます!

500の壁

松戸の現場へ水洗いに行ってきました。八柱霊園を過ぎたあたりで急に尿意に襲われて、左側にコンビニがあったらトイレを借りようと思ったのですが、どういうわけかコンビニが見つかりません。信号待ちをして、いよいよどうしようと思った時に、ふと飲みかけのペットボトルが目に入りました。     ・・500mlで足りるのかな?     万が一、500mlで足りなかった場合、もはや漏らしてしまったのと同じ結果になります。また、少し残っている分を飲み切ってしまうことにより、更なる尿意が押し寄せてくるかもしれません。   信号が青になったので今回はやめておきましたが、万が一に備えて試しておいた方がいいのかもしれない、と思いました。   妻にその話をしたら、トラックの運転手さんがペットボトルで用を足して、それをポイ捨てするのが問題になっているそうです。もちろん僕はペットボトルのポイ捨てはしないのですが、捨てるのを忘れて車に置いておいたら、デカビタと間違えて飲んでしまうかもしれません。   その日はやけに尿意に悩まされる日で、帰りの渋滞でも我慢することになりました。膀胱炎になりそうです。

先生

最近、先生と呼ばれる方と話をする機会が増えてきました。会社の決算を税理士のA先生にお願いして、建設業許可を行政書士のK先生、亡くなった叔父さんの土地の処分を司法書士のK先生にお願いして、等々。こんな僕も、真面目な顔をして真面目な話を聞いています。  小学校一年生の時、僕が授業中にふざけてばかりいるので、母が学校に呼び出されてしまいました。担任の先生に「この子には協調性の概念が無い」と言われた母は、僕の将来をとても不安に思ったそうです。「協調性」という言葉も「概念」という言葉も知らなかった僕は、小学一年生にそこまで怒らなくてもいいのに、と思いました。 中学校一年生の時、放課後に友達とトランプをしていたら、担任の先生にカンカンに怒られました。もちろんお金を賭けていたわけではなく、強いて言えばプライドを賭けていただけなのですが、全員が一列に並べられてビンタされました。ヒリヒリするほっぺたをさすりながら、暴力で人の心は変えられない、と思いました。 高校三年生の時、倫理という教科でカンニングに失敗した際も、母が学校に呼び出されました。校長室には母と担任の先生もいて、先生の目には何故か涙が浮かんでいました。生徒がカンニングしたくらいで泣いてしまうなんて、あの先生も生きていくの大変よねー、と帰り道に母が言ってました。呼び出されることに、すっかり慣れてしまったみたいです。  そんな僕が、税理士の先生の話を真面目な顔をして真面目に聞いています。わからないことを質問したりしています。お母さん、将光は協調性の概念を覚えましたよ! とか言ってるから怒られちゃうんですよね。三瓶でした。 https://youtu.be/NQMUspZWTiU

発明

重いパイプを何本も運びました。「このスプレーを使うと軽くなるよ」と言われて軍手に吹き掛けてみると、確かに軽く感じます。汗だくで働いているので、スプレーの効果はすぐに無くなってしまい、ああ、そろそろギブアップかな・・と思うと誰かがスプレーを掛けに来ます。何本も何本もパイプを運びました。「あのパイプが一番重いんだよ」と言われ、スプレーを腕全体にまで吹き掛けられたところで目が覚めました。うなされているところを、妻が起こしてくれたようです。   夢の中で働いたので、何となく損したような気持ちになりましたが、あのスプレーだけはちょっと欲しいなと思いました。誰か発明してくれないでしょうか。   何年か前、コーキングを撤去するマシーンを発明しようと思っていました。両脇にカッターが付いてて、真ん中にヘラが付いているマシーンです。     工場の人や工学部の学生とかに相談したのですが、残念なことに話は進みませんでした。試作品を作るだけでも、結構な金額が掛かってしまうらしいんです。日本中のペンキ屋さんのために、僕が動かなくてはならないのですが・・。   マキタとかHIKOKIとかに知り合いがいる方。スプレーの件も含めて、ぜひぜひ相談してみてください。三瓶でしたー。

サンダーストーム

「アントニオ猪木をさがして」という映画を観てきました。事前に見たレビューでは「途中で寝た」「これでは猪木をさがせない」と酷評の嵐でしたが、迷わず行けよの精神で映画館へ向かいました。隣で観ていた親子は途中で帰ってしまいましたが、個人的には観て良かったと思いました。 ただ、途中で挿入されるミニドラマがあって、その主役の男の子が、僕と同世代なんです。80年代に少年時代を過ごして、90年代に高校生活を送るっていう。で、少年時代のシーンで、猪木がホーガンに負けた試合の話をしていて「今度は絶対に猪木が勝つ」と、悔しそうな表情を浮かべていて、当時、僕もその試合をテレビで観ていたのですが。 ・・あの時の猪木って、そんなに人気あったかな? 猪木ファンって、僕よりかなり年上の世代で、70年代の猪木を観ていた人たちなんじゃないかと思うんです。異種格闘技をやったり、海外で試合をしたり、新しい境地をどんどん切り開いていく時期の猪木を観ていた人たちにとって、アントニオ猪木はヒーローだったんだと思います。 僕が知っている猪木は、苦しい展開の試合をチョークスリーパーで逆転勝ちする人でした。正直言って、あまりカッコよくなかったです。反則だし。 1977年生まれの僕にとって、プロレスのヒーローは天龍源一郎でした。ジャンボ鶴田との試合が、毎週日曜日の深夜にやってたんです。ジャンボのバックドロップやジャンピングニーをモロに受けて、それでもやり返していくその姿は、まさしくヒーローという感じでした。 今度は「天龍源一郎をさがして」という映画をやってほしいです。三瓶でした。 https://youtu.be/tV86ml_-H54?si=n3yB_iWc0CXbdhnY

DEEP IMPACT

僕がドラゴンアッシュを知ったのは、ノストラダムスの大予言で有名な1999年のことでした。「俺は東京生まれ HIP HOP育ち」というフレーズで知られる、GRATEFUL DAYSという曲が雀荘の有線で流れた時、新しい時代のドアが開いたように感じました。 ここに綴る歓びと感謝 共に奏でる真の理解者つつみ隠さず時代を描写 PRESSUREはねのけて乱反射注ぎ込もう溢れ出す感情 いつの日にも絶やさない愛情ひるむことなく飛び込む戦場 枯れることなく咲く百合の紋章 これがライムっていうのか、と感動したことを思い出します。「シャ」と「ショウ」で韻を踏むことで、グルーブ感を出してるんですね。I LOVE HIPHOPとか、LET YOURSELF GO,LET MYSELF GOとか、当時の降谷建志は世界で一番輝いていました。甲本ヒロト以来のロックスターが誕生したように思いました。  あれから24年。  降谷建志改めkjが、キャバクラ嬢と不倫した挙句にMEGUMIに捨てられるなんて・・! 太陽のように輝いていたあの降谷建志が、ひるむことなくキャバクラに飛び込んで、真の理解者への愛情を絶やして、JOHへの溢れ出す感情をライムにしていたのかと思うと、何とも言えない気持ちになります。 それでも、日はまた昇り繰り返すし、LIFE GOES ONです。あの頃の降谷建志が戻ってきますように。三瓶でした。  https://www.youtube.com/watch?v=zSYP29oFBk0&pp=ygUb44Kw44Os44Kk44OI44OV44Or44OH44Kk44K6

宇宙

メキシコで発見された宇宙人のミイラが話題になっています。日本にもカッパのミイラとかありますよね。カッパはいかにもインチキっぽかったですが、今回の宇宙人はどうなんでしょうか。 個人的には、宇宙人は必ずいる、と思ってます。僕が地球に生まれた宇宙人だから、他の星で生まれた宇宙人もいるんじゃないかな、と考えているわけです。そこの宇宙人も、他の星に宇宙人がいるか議論しているかもしれません そんな話はさておいても、宇宙のことを考えるのは、精神的にいいことだと思います。 例えば、悲しいことがあった時。何で自分ばかりこんな目に合うんだろう、もしかしたら自分のどこかに問題があるんじゃないか、そもそも生まれてきたことが間違っていたんじゃないか・・。どんどん悲観的に考えてしまう人もいると思います。 そんな時は、夜の空を見上げてみることをお勧めします。夜の空には無数の星が輝いていて、宇宙人から見たら地球もあの星たちと同じくらい小さい光なんだろうな、と思うと、悩んでいることがどうでもよく感じられてきます。遠くを眺めるので、目にもいいです。 最近、老眼が入ってきたような気がする三瓶でした。  https://youtu.be/iuu96spZaDA?si=nSHcxLUA2L4yQbm-

美味しかったです。

こないだの日曜日、飲み会の幹事をやったんです。飲み会と言っても四人だけなので、本来ならそこまで気を使う必要はないのですが、結構グルメな人達が集まる回なんです。   個人的にはビールが一杯300円くらいの、競馬新聞を読んでいるおじさんがいるような居酒屋が好きなのですが、今回はそういうわけにはいきません。何となくリサーチしたところ   ①学生が来るような、賑やかなお店ではない方がいい ②多少高くてもいいから、美味しいお店がいい ③ちょっと渋い感じのお店だと、みんなが喜ぶかも   とのことでした。   安くて美味しいと評判の居酒屋みかめに行けばいいのですが、母の前だと僕は借りてきた猫のように大人しくなってしまいます。   妻が学生の時にアルバイトしていた船橋の居酒屋さんが美味しくていいかなー、と思ったのですが、日曜日がお休みでした。   色々と検索して、最終的にイワシが美味しいと評判の居酒屋さんにしたのですが。     Oさん「三瓶さん、実は僕、光り物が苦手なんですよ」   三瓶「・・!」     光り物が苦手な人をイワシ専門店に招待してしまうなんて。完全に盲点でした。   そもそも、何かに特化したお店は飲み会に合わないのかもしれません。馬刺し専門店とか。豆腐専門店とか。     幹事の道は奥が深い。なめろうを食べながら、しみじみと思った三瓶でした。

オーバーワーク

最近のちいかわは、ずっと島で討伐をしています。連載物のギャグマンガはどうしてもバトルマンガになりがちですが、まさか、ちいかわまでそうなってしまうとは。   まさかこれって・・   ネタ切れ・・ってコト!?     とっても大きなお世話ではあるのですが、コミックスを全巻買っている僕としては、元の日常ほのぼの系のギャグマンガに戻ってほしいわけです。作者が働きすぎなんだと思います。   ジャングルの王者ターちゃんが普通のサイズの単行本になって、バトルマンガになってしまったのは小学校高学年の頃でしょうか。痩せてキレイになったヂェーンを見て、何だか物足りない気持ちになりました。稲中の作者もシリアスなマンガを書くようになってしまったし、ギャグマンガを書き続けるのは、相当にタフな作業なようです。   そう考えると、植田まさしは相当なギャグマシーンだと思います。僕は新聞を読まないので、コボちゃんを喫茶店とかで読む程度なのですが、今読んでもめちゃくちゃ面白いです。喫茶店に置いてあるほとんどのコボちゃんには、誰かがコーヒーを吹き出した跡が付いています。   最近はこれ描いて死ねというマンガを読んでいる、三瓶でした。

思い出のブラケット

小学生の時、夏になると父は波崎の叔母さんの家へ連れて行ってくれました。海で地引網に参加したり、メロンの皮でカブトムシを捕まえたり、楽しい思い出ばかりなのですが、一つだけ心配なことがありました。 叔母さんの家に行くと、何故か必ずおねしょをしてしまうんです。 夜になると叔母さんが心配そうな顔をして、将光用のだから、と、おねしょをしてもいいブラケットを用意してくれました。今年は大丈夫なのに、と心の中で思いつつ、朝になると、やっぱり叔母さんは正しかったな・・となるわけです。実家では毎晩おねしょするわけではないのに、波崎へ行くと必ずしてしまう。心理学的な何かが、波崎の叔母さんの家にはあったのかもしれません。  昭和16年に、六人兄弟の末っ子として生まれた父のお世話は、9歳年上の叔母さんが任されていたそうです。叔母さんの前では、父はいつもよりかしこまって話をしていたように見えました。おねしょをしてしまった朝は、僕もいつもよりかしこっていたと思います。 そんな叔母さんが、先日、91歳で亡くなりました。 とても穏やかな話し方をする人で、怒られたことは一度もなかったです。将光は一生おねしょが治らないのかしら、と言われた時は怖かったですが。あの落ち着いた雰囲気は、十代半ばで終戦を経験したことによるのかもしれません。 東京の砂町で暮らしていた三瓶一家は、空襲に備えて千葉の勝山に疎開したのですが、父とおばあさんは、どういう理由か砂町に残ったそうです。 東京で空襲があった知らせを聞いた五歳上の叔父さんは、おただちゃん(←父のこと)とお母ちゃんは戦争で死んでしまった、と思ったらしく、終戦後、一年経ってから勝山へやって来た二人を見て、幽霊が出たのかと思ったそうです。父が生きていなかったら、当然に僕もいないわけで、なかなか感慨深い話でした。叔母さんにも、もっと色々な話を聞いておけばよかったです。 生前の叔母さんと最後に会ったのは、ペンキ屋になってから数年経った頃でした。波崎の自宅まで迎えに行って、銚子でお寿司でも食べようという話になったのですが、叔母さんは回転寿司でいい、と言って、銚子のくら寿司かはま寿司へ行きました。地元の美味しいお寿司を食べるつもりだったので、少しガッカリしましたが、父と僕に気を使ってくれたんだと思います。あまり贅沢を好まない人だったのかもしれません。  小学校を卒業した時、友達のN君と叔母さんの家へ泊まりに行きました。子供だけで旅行するのは初めてだったので、今でもよく覚えています。行きの電車、ゲームボーイにケーブルをつないで、ファミスタをやりながら銚子駅へ向かいました。三女のFちゃんが駅まで迎えに来てくれて、N君は少し恥ずかしそうにしてました。 縁側の周りにはアリジゴクの巣がたくさんあって、二人でアリが巣に落ちるのを待っていたのですが、残念ながら決定的シーンを目撃することはありませんでした。アリも学習してるんだな、とN君が言ってました。 その後、スタンドバイミーごっことか言って線路沿いを歩いてみたり、夜遅くまでファミスタをやったりして、波崎への旅行は、少年の日の思い出として、今でも僕の心に残っています。寝る前にちゃんとトイレに行くのよ、と言われた時は、余計なこと言わないで、と思いましたが、おかげで恥をかかずにすみました。  火葬する前、叔母さんの家にはたくさんの子供たちが集まっていました。娘三人、孫八人、ひ孫十人。サンデーサイレンスばりの大血脈です。叔母さんから始まって、一人ずつにそれぞれの人生があって、それがまた続いていくんだな、とか思っていたら、目からおしっこが出てきそうになりました。 穏やかな寝顔を見ていたら、色々なことを思い出しました。おねしょは最近してません。安心してお休みください。将光でした。 https://youtu.be/G60GEzInQ8o

11年ぶり

この一週間ばかり、一人暮らしをしています。妻が愛想を尽かせてついに出て行ってしまった・・わけではなく、実家の秋田へと旅行に行っているのです。   35歳まで一人暮らしをしていたので、一人で過ごす時間には慣れているはずなのですが、何だか、とってもさびしいです。食事もついつい適当になってしまうので、体調も悪くなってきたような気もします。   こういう状態を、咳をしても一人、とか詠むのでしょうか。   咳をしても一人は、種田山頭火の俳句だと思っていたのですが、尾崎放哉という人の俳句なんですね。分け入っても分け入っても青い山、が種田山頭火の俳句のようです。   そもそも、七七五でも俳句というのでしょうか。咳をしても一人に至っては、三三三です。   ブルースからロックンロールが生まれたような、プログレッシブロックを否定するためにパンクが生まれたような、そんなダイナミズムを感じるような気がします・・!   早く帰ってこないかなー。三瓶でした。

昭和

大工のHさんは、若い頃は「セミ」と呼ばれていたそうです。ハシゴに登って外壁の作業をガンガンしていたからだそうで、職人さんとしてはなかなかにカッコいい通り名だと思います。父も、若い頃はよくハシゴでペンキを塗っていたそうで、今のペンキ屋は足場があるから幸せだ、と言っています。令和五年の今日、ハシゴで作業をしている職人さんを見る機会はほとんどありません。世の中はすっかり変わりました。ヘルメットを被って、安全帯を付けて、夏は空調服を着ないと入れない現場もあるそうです。トルエンが手に入りやすいからペンキ屋になった、みたいなエピソードを持つ職人さんは昭和と共にいなくなり、今の職人さんはトルエンどころかタバコも吸いません。大人しくて真面目なことだけが取り柄の僕としては、もちろん今の方がいいのですが、あの頃の豪放磊落な雰囲気を懐かしく感じる気持ちもあります。トルエンはダメですけど。 https://youtu.be/5q2xypgPm3k

地元

最近、同級生からの塗替えの依頼が続きます。小学校の同級生の実家、中学校の同級生。地元で仕事ができるって、とっても有難いことです。37年ぶりに、K君の実家に上がらせてもらいました。何だか、とても懐かしい気持ちです。あそこの部屋でファミスタやったなー、とか。お孫さんの書初めが飾ってあって、そういえばK君も習字が上手かったなー、とか。小学校三年生の頃の記憶が、案外と残っていることに我ながら驚きました。僕が生まれたのは咲が丘という地域で、八木ケ谷・高野台と合わせて、船橋市北西部という括りになるそうです。引っ越しをすることはなく、八木ケ谷幼稚園・八木ケ谷小学校・八木ケ谷中学校と過ごしてきました。八木ケ谷高校があればそこへ行っていたのですが、残念ながら、八木高はなかったんです。「かめちゃん、近所ですごく評判良いのよ」とK君のお母さんに言われて、嬉しいような、あの日に帰りたいような、ちょっぴりセンチメンタルな気分になりました。褒めてもらえるように、頑張ろうと思います。三瓶でしたー。 https://www.youtube.com/watch?v=fFAASvDHzUs&pp=ygUS5Zyw5YWD44Gu44OA44Oz44OK

色彩のブルース

月末の事務仕事を終えると、もはや夕方でした。   今月もよく頑張ったね、将光。自分を労わるべく、ヤオコー船橋三咲店へビールを買いに行くと、屋上から見る西の空がとても綺麗でした。     ああ、まるでL75-50Hのような雲に、L17-70P からL17-70PLへとグラデーションしていくかのような夕焼け!   あまりの美しさに、その場からしばらく動けなくなってしまいました。そのままビールを飲んじゃおうかと思いましたが、飲酒運転になってしまうので我慢しました。   夏は、一年で一番色がハッキリとしてい時期かもしれません。こないだ行った江の島では、L69-70Pのようなどこまでも広がるような海に、L42-50Lが生命力を輝かせていました。     夏は、日本塗料工業会のカタログのように、色彩に溢れています。色彩は生命力であり、喜びです。ああ、素晴らしき生命賛歌よ!       ・・ちょっとテンションがおかしいですね。熱中症の初期症状かもしれません。   ちなみに、日本塗料工業会のカタログはこれです。なんと、654色もあるんです。世界中の色がここにある、わけではないのですが、すごい色の数です。     明日から八月です。皆様も熱中症に気をつけてください。三瓶でした!  

復活のJ

塗替えのチラシを、地域新聞に折り込みました。 今回は、前回のヌリスギ君に代わって、ジジちゃんに再登場してもらいました。というのも、前回のチラシのリアクションがあまりにも薄かったので、妻に相談したところ、ヌリスギ君がちょっとアレなんじゃないか、と言われたからなのです。 やる気満々な感じでいいと思うのですが、目が怖い、とのことでした。思わず塗っちゃうヌリスギ君、みたいな感じで流行ったらどうしよう、とか思っていたのですが・・。 やっぱり、ジジちゃんの方がかわいいですね! たった一回で交代するのは少し残念な気がしますが、早めの継投も大切だと落合監督が言っていました。今回こそ、良いリアクションがありますように!

スズキパープル

最近は、熱心にSNSと取り組んでます。ツイッター、インスタグラム、このホームページ。これまでの遅れを取り戻すべく、何枚も写真を撮って、これぞという写真をインターネット上にアップしているのですが。   どうにも僕には、キャメラマンの才能が無いようです。   4回も塗ってピカピカになった、あの目がくらむような外壁のツヤ感が出せません。iPhoneのキャメラだと、色彩も暗くなるような気がします。アプリをうまく使えれば、もう少し良くなるのかもしれないのですが、機能が多すぎて、チュートリアルを見ているだけで眠くなってしまいます。   心の師匠の鈴木さんは、中学生の頃から写真を撮り続けていて、70を過ぎた今も、富士山に写真を撮りに行っています。     事務所に飾ってある鈴木さんの写真は、一眼レフのとっても高いキャメラで撮影したものだそうです。夕暮れの紫がとても美しいです。   やっぱり、高いキャメラ買わないとダメなのかなー。   でも、諦めたらそこで試合終了です。一眼レフで現場の撮影をしている人は見たことがありません。みんな、iPhoneとかで写真を撮っているはずです。   明日も懲りずに写真を撮ってみようと思います。ミキャメでした。

ライフイズビューティフル

梅雨が明けて、いよいよ僕たちの夏がやってきました。今年も暑そうですが、夏になると俄然テンションが上がってきます。   泳げないので、海へは行かないようにしています。もちろん、サーフィンもやったことありません。バーベキューに誘ってくれる友達もいないし、花火大会は混むからあまり得意ではありません。じゃあ、何が楽しいのかというと。     クワガタを見つけるのが好きなんです。これは埼玉県の三峰神社の近くで見つけたミヤマクワガタで、千葉県ではまず見つけることができないクワガタなんですよ!   黒光りして夏を謳歌しているクワガタを見ると、世界は何て美しいんだろうと思います。千利休の黒茶碗のようです。   数年前、山田さんに教えてもらったスポットでは、ノコギリクワガタとコクワガタ、カブトムシまで大量に発見できました。あんな楽園が日本に残っていたなんて。   今年はオオクワガタを探してみようと思っている、三瓶でした。

スカンク

暑くなると、何故かブランキージェットシティーが聴きたくなります。ブランキーには素晴らしい曲がたくさんあるのですが、今年の夏は、この曲がやけにカッコよく聴こえます。 https://youtu.be/XfWYJgiz-BI 「動物園の動物たちは何が何だか死ぬまでわからない」というフレーズが、当時18歳の僕のハートに突き刺さって、46歳になった今も抜けないままです。チェンソーマンの主題歌、この曲にすればよかったのになー。

T様邸 塗り替え

先日船橋市で行った、T様邸の塗装工事です。         ツヤが眩しいです。株式会社みかめ塗装店では、外壁を四回も塗装してるんですよ!ちなみに、下が塗装前です。     Tさんは、僕がギックリ腰で悩んでいた時にたった三回で直してくれた凄腕の整体師さんなんです。十年近く前のことなのですが、今回の塗替えに当たって僕のことを思い出してくれたんだそうです。捨てる神あれば拾う神あり。そんな言葉を思い出しました。   屋根は、瓦名人という塗料で塗り替えました。         全然印象変わりますよね!船橋市にお住いの皆様、ご自宅の塗替えは株式会社みかめ塗装店にお任せください!   最近は腰が痛くない、三瓶でした!

先日、江の島神社へ行ってきました。その日は、西の方角が妻の吉方位らしく、西へ向かってどんどん遠くへ行くと開運する、とのことでした。   江の島は、まるで見覚えのない景色でした。高校生の時に同級生と行ったような記憶はあるのですが、よく思い出してみると、僕は参加しなかったのかもしれません。   サーフィンをしている人や、真っ黒になって泳いでる人を横目に、日傘を差した妻と二人で海岸を散歩してみました。夏目漱石の「こころ」に出てくるワンシーンのようだと思ったのですが、そんなシーンはなかったような気もします。   小学生の頃、スイミングスクールに通っていました。泳ぐのが得意な子はイルカコース、その次はトビウオコース、ハマチコース、みたいにコースが分かれていたのですが、僕はハマグリコースで終わってしまいました。水に顔をつける、を練習するコースです。   せめて、水に浮かぶラッココースまでは頑張りたかったのですが・・   江の島の海はキラキラとしていて、とても綺麗でした。来世は泳げるようになりたいです。三瓶でした。

推しちゃった

昔からの友達のMさんは、最近「推しの子」というマンガを読んでいるそうです。読みながら泣いた、三瓶さんも絶対に読んだ方がいい、と言われて本屋さんへ行ってみたのですが。     ちょっとこれは買いづらい・・   46歳の男性が買ってはいけなさそうな表紙です。Mさんも40過ぎてるはずなのですが、堂々と買っていると言ってました。男らしいです。   仕方なく、平積みになっていた「天幕のジャードゥーガル」というマンガを買いました。推しの子は、妻に頼んで買ってきてもらいました。   天幕のジャードゥーガル、とても面白かったので、皆様も読んでみてください。三瓶でした!

ワインレッドの入口

印西市のM様邸です。邸ではないですね。玄関というか入口というか門というか。めちゃくちゃ立派です。僕の住んでいるマンションより広いです。     萱葺きの屋根の上から、トタン材を被せてあるそうです。瓦屋さんから聞いたことはありましたが、ペンキを塗るのは初めてです。     下から見るとわかりづらいのですが、勾配がかなりきつく、屋根の上に足場を組んでもらいました。     赤い部分がサビ止め、ワインレッドが日本ペイントのシリコンルーフというトタン屋根用の塗料です。ペンキにも色々な種類があるんです。   作業をしてくれた伊藤さんは、すっかりと日焼けしてしまいました。男は黒い方がカッコいいですよね!   そろそろ、本格的な夏がきます。僕も真っ黒になって頑張ろうと思います。三瓶でした!

S様邸 塗替え

五月にペンキを塗り替えた咲が丘のS様邸です。工事を行う前は、外壁に膨れが発生してました。       ケレン(劣化部を剥がすこと)して     下地を調整して、マスチックローラーでパターンを付けて、上塗りを二回塗って仕上げました!       ビフォーアフターで見比べると、全然違います。今後、膨れが発生しないように、SK化研のツーキコートという通気性がある塗料で塗り替えました。   ついでに、屋根の写真です。日本ペイントのサーモアイSiという塗料を使いました。       最後の二枚が塗り替える前です。       うーん、全然違います。ペンキを塗ると、家だけじゃなくて心まで明るくなるような気がします!   そんなわけで、船橋市でペンキを塗るなら地元一筋50年、株式会社みかめ塗装店でよろしくお願いします!